ここまで進化した内視鏡による早期がんの治療

内視鏡センター長 消化器内科 作本仁志

内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection:ESD)

内視鏡検査の普及により早期の食道がん、胃がん、大腸がんが多く発見されるようになりました。
当院では、NBI観察(血色素を強調する)を併用したり、色素散布(粘膜の凹凸を強調する)や拡大観察を用いてがんを早期に発見し、がん病変の深さ、広がりを診断し適切な治療が選択できるように努めています。
NBIを全ての検査台に備え、早期の病変も見逃さないように努めています。

一方、内視鏡治療にも力を入れており、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を10年前から開始して症例を重ね、2010年は年間100例の食道がん、胃がん、大腸がんの治療を行いました。
この内、1例は病変が深くまで及んでいたため追加で手術を必要としましたが、それ以外は全て内視鏡治療で完治いたしました。
内視鏡治療の特徴は、回復が早く、消化機能に障害を残さず、全く元の生活に戻れることです。

では、どのような症例が内視鏡治療の適応となるのでしょうか?
胃がんを例に説明いたします。

通常、がんは粘膜から発生し徐々に深部に広がっていきます。
深部に及ぶほどリンパ節に飛んだり血管から他の臓器に飛んだり、いわゆる転移が起こります。
胃がんは深さ(深達度)によって早期がんと進行がんにわけられ、粘膜下層に留まっているものを早期がんといいます。
早期がんのなかでも、がんが粘膜内に留まっているものを粘膜内がんといいますが、その粘膜内がんの大部分は転移しておらず、内視鏡治療の適応となります。

早期胃がんと進行胃がん

内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)が普及するまでは、内視鏡的粘膜切除術(EMR)、もしくは内視鏡的吸引粘膜切除術(EAM)がよく行われていました。

右図のように粘膜下層に注射用生理食塩水を注入し、がん部と下の粘膜筋板を筋層から浮かせます。
内視鏡の先端に円筒状のキャップをつけてキャップ内にがん部を吸引します。
それをスネアと呼ばれるリング状の電気メスで縛り、高周波電流を流して病変を切除します。

しかし、キャップの大きさには限界があり、せいぜい2センチ程度でそれ以上の大きさの早期がんは一度に切除することができません。
また、潰瘍を伴ったがんは、潰瘍だけが治癒をし、瘢痕というひきつれが残ります。
この瘢痕が固有筋層に張り付いてしまい、病変が浮いてこない場合があります。
この様な瘢痕を伴った早期がんもEMRの適応外となります。
統計では粘膜内がんは早期胃がんの40%~50%で、EMRで治療できるのは三分の一、残りは粘膜内がんでありながら手術で切除するしかありませんでした。
そこで、より大きな病変を確実に内視鏡的に切除する方法として、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)が開発されました。

内視鏡治療の可能性を広げた内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の開発

ESDの方法は、まず病変の範囲を適切に診断したのち、病変の周囲に十分な安全領域(非がん粘膜)を確保し切除範囲に目印を付けます(マーキング)。
病変の粘膜下層に薬液を注入し病変部を固有筋層から浮かせます。
マーキングのさらに外側で、高周波の電気メスを用い、粘膜及び粘膜筋板を全周切開します。
病変の下の粘膜下層を剥離していくと病変は完全に切除できます。

  • マーキング
    1.マーキング

    内視鏡を胃の中に入れ、病変の周囲に切り取る範囲の目印をつける

  • 局注
    2.局注

    粘膜下層に薬剤を注入して浮かせた状態にする

  • 切開
    3.切開

    マーキングを切り囲むようにナイフで病変部周囲の粘膜を切る

  • 粘膜下層の剥離
    4.粘膜下層の剥離(はくり)

    専用ナイフで病変を少しずつ慎重にはぎ取る

  • 切除完了
    5.切除完了

    ナイフを使って最後まで剥離する、または最後にスネアで切り取る

  • 止血
    6.止血

    切り取ったあとの胃の表面に止血処置を施し、切り取った病変部は病理検査に出すため回収

  • 病理検査
    7.病理検査

    切り取った病変は顕微鏡による組織検査をし、根治しているかどうかの判断をする

ESDでは分化型胃がん(転移を起こしにくい)で瘢痕を伴っていない粘膜内がんであれば、大きなものでも切除することが可能です。

現在、症例の蓄積により適応が拡大され、瘢痕を伴った分化型胃がんや、少し粘膜下層に広がった早期胃がん、未分化型胃がん(転移しやすい)も一定の基準を満たせば、厳重に観察をしながら内視鏡治療を行うことができます。
これにより、今までの3~4倍の早期胃がんの内視鏡治療が可能となりました。

右の写真は早期胃がんのESDの実際です。
写真を見ながらESDの施行手順を説明します。

  • 1.胃の幽門後壁(胃の出口部分)にある早期がんです。
  • 2.NBI観察でがんの範囲を同定します。
  • 3.安全域を考慮してマーキングします。
  • 4.薬剤を粘膜下層に注入した後、マークのさらに外の粘膜を切開します。
  • 5.,6.病変の下の粘膜下層を剥離していきます。
  • 7.剥離した病変を回収し、ESDが終了しました。

NBI(Narrow Band Imaging)=狭帯域光観察=診断能の向上を目的に開発された診断システムです。NBIの開発により、通常観察では発見が困難な病変を見つけたり、がんの深さや範囲を詳細に診断することが可能となりました。

ESDによる内視鏡治療が胃のみならず食道・大腸へも適応可能に

胃に始まったESDの適応は食道へ、そして大腸へと広がり、多くの早期がんが内視鏡で治療できるようになりました。
胃に比べて大腸の壁は薄く、内視鏡の操作も難しくESDは困難とされてきましたが、新しいデバイス(治療器具)の開発により大腸の症例も多く経験するようになりました。

次の画像は、当院で経験した早期大腸がんの症例です。

上行結腸にできた4.5cm×4.0cmの早期大腸がんでしたが、ESDで完全切除できました。
術後経過も良好で、5日間の入院加療で退院することができました。


この様にどんどん大きな病変の切除が内視鏡で可能となりつつあります。
しかし、進行した症例は外科的手術や抗がん剤を用いた治療が必要になってきます。
“がんだったらどうしよう”と怖がらずに積極的に検診や検査を受けること、「早期発見」「早期治療」を心がけることがなにより大事です。
当院では麻酔を使用して苦痛のない検査も受けることができますので、担当医へお気軽にご相談ください。